大判例

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最高裁判所第一小法廷 昭和54年(あ)1647号 判決

主文

原判決及び第一審判決を破棄する。

被告人を懲役三月に処する。

ただし、この裁判確定の日から一年間右刑の執行を猶予する。

第一審、原審及び当審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

検察官の上告趣意は、判例違反をいうが、所論引用の各判例はいずれも事案を異にし本件に適切でなく、刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。

しかしながら、所論にかんがみ職権をもつて調査すると、原判決及び第一審判決は、以下に述べる理由により、結局、破棄を免れない。

原判決は、要するに、被疑者不詳の窃盗被疑事件の参考人としての被告人に対する警察官の取調が、事実上その身体の自由を拘束し実質上逮捕と同視しうる状態において行われた違法なものであることを前提に、かかる違法な取調のもとに作成されつつあつた本件参考人供述録取書は、右違法な取調と共に刑法上の保護に値せず、刑法二五八条によつて保護される公務所の用に供する文書にあたるとはいえないから、右取調の過程において右供述録取書を引き裂いた被告人の所為は公文書毀棄罪を構成せず、被告人は無罪であるとするのである。

原判決の右判断のうち、被告人に対する警察官の取調方法が違法であるとした点は、一件記録に照らし必ずしも首肯しえなくはないが、違法な取調のもとに作成されつつあつた供述録取書が、そのことの故に、直ちに刑法二五八条の公務所の用に供する文書にあたらなくなるとした点は、にわかに肯認することができない。

なぜならば、同条にいう公務所の用に供する文書とは、公務所において現に使用し又は使用に供する目的で保管している文書を総称するものであつて(昭和三七年(あ)第一一九一号同三八年一二月二四日第三小法廷判決・刑集一七巻一二号二四八五頁、同五一年(あ)第一二〇二号同五二年七月一四日第一小法廷判決・刑集三一巻四号七一三頁)、本件供述録取書のように、これを完成させるために用いられた手段方法がたまたま違法とされるものであつても、原判示のように既にそれが文書としての意味、内容を備えるに至つている以上、将来これを公務所において適法に使用することが予想されなくはなく、そのような場合に備えて公務所が保管すべきものであるというべきであり、このような文書も刑法二五八条にいう公務所の用に供する文書にあたるものと解するのが相当だからである。

原判決は、本件供述録取書の作成過程がたまたま違法であることから、直ちに右供述録取書が公務所の用に供する文書にあたらないとの結論を導き出している点で、刑罰法令の解釈を誤つているといわざるをえず、右誤りが判決に影響を及ぼすことが明らかであり、これを破棄しなければ著しく正義に反するというべきである。

よつて、刑訴法四一一条一号を適用して原判決を全部破棄することとするが、なお、第一審判決についてみると、同判決が刑法二五八条の罪の成立を認めた点は正当であるというべきであるけれども、被告人の本件犯行が警察官による違法かつ執拗な取調によつて直接誘発されたものであることに徴すると、被告人を懲役六月に処した一審判決の刑は重きに失するので、刑訴法四一三条但書、三九七条一項、三八一条により第一審判決をも破棄し被告事件について更に判決することとする。

第一審判決の認定した罪となるべき事実に法令を適用すると、被告人の所為は刑法二五八条に該当するが、前科調書によれば被告人は昭和五五年七月二三日京都地方裁判所において、傷害、銃砲刀剣類所持等取締法違反の各罪により懲役八月及び罰金二万円、懲役刑につき執行猶予三年の刑に処せられ、右裁判は同年八月七日に確定したことが明らかであり、本罪は右確定裁判のあつた罪と刑法四五条後段の併合罪の関係に立つから同法五〇条により未だ裁判を経ない判示の罪について更に処断することとし、所定刑期の範囲内で被告人を懲役三月に処し、情状により同法二五条一項を適用して本裁判確定の日から一年間右刑の執行を猶予し、刑訴法一八一条一項本文を適用して第一審、原審及び当審における訴訟費用を全部被告人に負担させることとし、裁判官全員一致の意見で主文のとおり判決する。

(団藤重光 藤﨑萬里 本山亨 中村治朗 谷口正孝)

検察官の上告趣意

目次〈省略〉

第一 序説

一 一審判決の要旨

京都地方裁判所は、「被告人は、昭和五三年三月二七日午後五時五五分ころ、京都市右京区峰岡町所在京都府太秦警察署刑事課取調室において、同署勤務の警部補渡辺善隆が被告人の使用していた乗用自動車につき盗難被害届が出されていたことに関して事情を聴取のうえ録取した参考人調書を読み聞かせていた際、約六時間にわたる長時間の取調で腹立ちまぎれに右調書を掴みざま引き裂き、もつて公務所の用に供する文書を毀棄したものである。」旨ほぼ公訴事実どおりの事実を認定したうえ、弁護人及び被告人の「警察官の被告人に対する取調がむしろ違法であり、被告人の所為には違法性がなく正当行為というべきである。」旨の主張に対しては、「被告人は、本件犯行の前夜来、京都市右京区太秦のモーテル『広沢』に覚せい剤の常習的使用者である○○○○子と宿泊し、被告人自ら明らかにいわゆるシャブ呆けと認められる幻覚症状を呈したことから警察署に連絡がなされ、同モーテルに赴いた太秦署員が、被告人使用の乗用自動車マツダルーチェ京五五リ一八四四号につき、秋田貴美子こと玉貴順から三月六日ころに盗まれた旨の盗難被害届が同月一八日付けで九条署に出されていることを知り、被告人を正午前に太秦署に任意同行して事情聴取を始めたこと、被告人はモーテル『広沢』に来た太秦署員に『馬鹿野郎帰れ。』などと大声で喚き、同時に太秦署に任意同行された○○○○子の尿中からは覚せい剤が検出されたものの被告人からは尿が採取できず、右盗難車両の入手経過についてもはかばかしい弁明が無く、ようやく素性も所在も明らかでない『ばんどう』と称する男から被告人が譲り受けたことが判明するまでに約三時間もかかるという有様で、被告人自らがまともな説明もしないで『こんな車要らん、返したら済むことやろ。』などとふて腐れた言辞を弄しつつ、任意提出を拒み、あるいは狸寝入りの素振りを示したりなどしたこと、大綱以上の経緯が認められるのであつて、捜査の始まつたばかりの時点において、たとえ被告人に対する盗犯の嫌疑が簿らいだとしてもなお賍物犯の疑が解消し去つたとは思われず、少なくとも右自動車に関する犯罪の重要な参考人であつたことは明白であつて、太秦署員が殊更に被告人の退去を阻止した形跡の存しない以上、午後六時近くまで裏付捜査と併行しつつ被告人に対する事情聴取を続けたことは当然の成行で、なんら適法な任意捜査の域を逸脱したものとは認められず、叙上のいきさつに鑑みると、被告人が腹立ちまぎれに本件調書を引き裂いた所為はいかなる意味においても正当な行為ということはできず、弁護人及び被告人の右主張は採用できない。」と判示して「被告人を懲役六月に処する。訴訟費用は全部被告人の負担とする。」旨有罪の言渡しをした。

二 原判決の要旨

右の一審判決に対し、弁護人は「本件の文書である参考人調書は、未だ供述者である被告人の署名押印を了しておらず、したがつて未だ公務所の用に供する文書とはいえない。また、この調書は違法な参考人取調べのもとに作成されつつあつたものであるから、被告人の原判示所為は違法性を欠如するものである。したがつて、これらの点を看過して被告人を有罪とした原判決には、事実の誤認ないし法令適用の誤りがある。」として控訴を申し立てたところ、大阪高等裁判所第二刑事部は、次のような事実認定及び法律判断のうえに立つて、本件調書は刑法二五八条の保護の対象としての「公務所ノ用ニ供スル文書」に該当しないから、公文書毀棄罪をもつて問擬した原判決は事実の認定を誤り、ひいて法令の適用を誤つたものであり、この誤りが判決に影響を及ぼすことは明らかであるとして原判決を破棄し、被告人に無罪を言渡した。すなわち、

1 原判決の認定した事実

原判決が、一審及び控訴審で取り調べられた証拠に基づき認定した本件供述調書の作成から毀棄に至る経過は次のとおりである。

(一) 被告人は、昭和五三年三月二七日午前〇時三〇分ころから京都市右京区太秦のモーテル「広沢」に覚せい剤の常習的使用者である○○○○子と同宿したのであるが、止宿した部屋の天井裏で物音がするとか、同室をのぞくものがあるといつて、騒ぎたてたので、同日午前一〇時二五分ころ、同モーテルから太秦警察署へ「もめごと事案発生」の旨の電話がされ、警官が現場に急行して事情聴取にあたつたところ、被告人が異常に興奮していたため、何らの処置をとることもなくそのまま帰署した。

(二) 警官は帰署したうえ、被告人が同モーテルに駐車していた普通乗用車マツダルーチェ京五五り一八四四号につき賍品照会をしたところ、この車については、秋田貴美子こと玉貴順より、三月六日午前八時から同日午後七時までの間に同女方ガレージから盗まれた旨の被害届が同月一八日付で九条警察署に提出されていることが判明した。

そこで、同署員二名が再度同モーテルへ赴き、被告人らの部屋へ入つてくわしい理由を明かさず、ただ署まで来てくれるよう要請したのであるが、被告人は出頭を求める理由が不明確だとしてこれをことわつて、警官を部屋から追い出した。

(三) その後午前一一時五〇分ころ、同署渡辺善隆警部補が同モーテルへ赴き、被告人の部屋の外からいろいろやりとりをし、右自動車に盗難被害届が出ているので署まで来て、車の入手の事情について説明して欲しい旨告げたため、被告人は同人を自室へ入れ、この車は二五万円で買入れたなどと説明したあと、太秦署まで任意同行することを承諾した。

(四) そこで、被告人はパトカーに乗せられて署まで赴いたのであるが、同車には後部座席の被告人の両側に警官が座るという状況であつた。

一二時五〇分ころ、被告人は同署に着き、直ちに刑事部屋の奥にある四畳半余の取調室の奥に入口の方を向いて座らされ、机を間にはさんで吉岡計三巡査部長が被告人と対面して座り、同人の左側に、すなわち、被告人の出入する通路にあたる出入口に近いところに和多清士巡査が座り、吉岡から自動車の入手経路について取り調べを受けたが、被告人は知つている限りの事実を少しずつ供述し、これに応じ吉岡が方々に電話で照会したり、被害者を署に呼んだり等してその裏付をとつていつたので、被告人が右窃盗の犯人でないことが判明するまでに午後四時ころまでを要した。

(五) 右のように、被告人が犯人でないことが判明したので、吉岡はこれを被告人に明言し、その後は署内の事務分配の都合上、吉岡に代わつて渡辺警部補が被告人を右窃盗事件の参考人として取り調べ、被告人が吉岡に供述し、同人が裏付をとつた事実につき参考人調書を作成することになつた。被告人は意に添わなかつたけれども、右調書作成の必要性を一応理解して、初めのころは渡辺に聞かれるままに吉岡に供述していたことを比較的すらすらと供述したため、午後五時ころまでに右事項である本件調書の本文の殆んどが記載されてしまつた。しかし、これから先へは調書の記載が進まなくなつた。というのは、例えば代金の支払場所について被告人が渡辺の尋問に応答しても渡辺がそのまま記載しなかつたため、押し問答的状態が続いたからであり、このとき以後、渡辺は供述を促すことと前記自動車の任意提出書を作成提出させることとを併行するようにして被告人に対峙していたが、被告人は、前者については同じことをくり返し、しつこく尋ねられるばかりで供述しても何ら記載してくれないとして憤慨し、後者については友人に義理を欠くことになるからといつてその作成を拒否するのみならず(任意提出書については、たまたま取調室をのぞいた○○○○子が早く作成するよう勧めても頑強に、その作成を拒否している。)、必要なら右自動車を同署に置いて帰ると主張し、あげくは、このように調書の作成が進まないのなら取り調べはこの程度に止め、続きは明日来るのでその時にして今日は帰してくれ、帰れないのなら同署に泊めて欲しい旨、すなわち取り調べの拒否と取調室に滞留することの拒否を言動で明確に示すに至つた。しかし、渡辺は更に執拗に尋問を続行し、特に任意提出書の即日作成を要求し、これを書けば帰すとまでいつて説得と押問答をくり返していた。

(六) このような状態を約四〇ないし五〇分続けたが、どちらも進捗しないばかりか、被告人がときどき大声を張りあげて反抗し、これを警官が三、四人掛りで押え込むような事態が生じていたことから、午後五時五〇分ころになり、渡辺は、調書の記載の進まないことを知つた吉岡の進言により、調書の続きを翌日とることにして、当日の取り調べを打切ることにし、当日の調書をひとまずそのままで完結することにした。そこで、その旨を被告人に告げ、このときまでに記載した調書を被告人に読み聞けをしようとしたところ、被告人はこれに署名押印をしないことを明言したのであるが、これにかまわず読み聞けをすることにし、調書の二葉(計四枚)を両手に持ち被告人に見えるようにしながら読み聞けを終え、まさに机上の三葉目に移ろうとした矢先、被告人が長時間の取り調べによる疲労と渡辺の強引さと執拗さに対する憤慨から、「こんなもんなんじや。」といいざま前叙のように引き裂き、出口に向つて走つたが、同所にいた和多巡査に制止された。そのときすぐ、渡辺は「これでいこう。」というて被告人を公務執行妨害と公文書毀棄の現行犯で逮捕した。

(七) 被告人は取り調べを受けながら当日の昼食を摂り、吉岡の取り調べの際の小用のときも、また渡辺の取り調べの際の牛乳を自動販売機で買うときも、それぞれ警官の監視を受け、更に取調室においても終始少なくとも一人の警官に見張られており、特に渡辺の取り調べのときには、ほとんど和多巡査が取調室出入口にいたもので、結局、被告人は前叙現行犯逮捕されるまで、同署内では終始一人以上の警官に監視されていた。

(八) 被告人は同署へ赴く前から警官に対して非協力的であり、同署へ赴いてからも、採尿に応ぜず、取調室においても大声をあげて反抗したり、尋問を無視して黙りこんだり、狸寝入りのごとき態度をとつたりしていたが、午後四時ころ○○○○子が本件車両のこと等について同署で取り調べを受けたことを知るや、被告人との約束に違反するという理由でこれについて大声をあげて同署のやり方を非難したときには、隣室からかけつけた者も含めて四、五人の警官に「なめるな」という趣旨を口々にいわれて取り囲まれ、机上にあつた被告人の帽子とメガネを投げ飛ばされるようなことがあつた。

2 原判決の示した法律判断

原判決の示した法律判断は、まず

(一) 「本件文書は、自動車窃盗被疑事件の参考人として取り調べられた被告人の京都府太秦警察署司法警察員渡辺善隆に対する供述調書で、二枚ずつ複写したもの三葉からなり、未だ供述者はもちろん、右司法警察員の署名押印もなされていない作成中の未完成のものである。そして、これを調書作成の手続からみれば、読み聞けが二葉についてなされ、次いで三葉目に移ろうとした段階にあつたものであつて、このとき突如、被告人が渡辺の手から先の二葉(複写の分を含めて計四枚)を奪うようにとつて、右調書の右辺中央よりやや上あたりから左辺上部のあたりへかけて二つに引き裂いたことが認められる。したがつて、右供述調書は未完成のものではあつても、司法警察員渡辺善隆が同警察署の公権力作用として、職務権限に基づいて作成中のもので、本文は一応完成して文書としての意味、内容を備えるに至つていたものであるから、本来公務所において現に使用している文書にあたるものとして、刑法二五八条にいう公務所の用に供する文書に該当するべきものである。」

との判断を示したうえ、前述のような事実の経過を認定して

(二) 「被告人が同署への同行を決意するまでに警官がとつた用件の告げ方の不親切なこと並びに同行要求の強引さ加減、これが昼食時をはさんで執拗になされていること、任意同行の方法が被告人の自動車があるにもかかわらず、これを利用させずにパトカーに乗せ、しかも前叙のような人数と方法で拘束と監視をなしていること、署内における取り調べの状況が被告人の非協力的・反抗的態度があつたにしても、取調室で二人の警官同室のもとで行われ、常に少なくとも一人の警官の監視付であつたこと、食事、用便、牛乳購入及びその飲用のときも常に同様監視付であつたこと、同署の被告人に対する取り扱いは前叙現行犯逮捕のときまで終始同じ意向、姿勢のもとに一貫していて変化がなかつたこと、被告人は窃盗の嫌疑が晴れ参考人として取り調べられておるとき、少なくとも午後五時以降は当日の取り調べの続行と調書完結の拒否、同署からの退去希望及び翌日の出頭と取り調べに応ずることを言動で明確にしているにもかかわらず、渡辺においてこれらの訴えを真面目に顧慮することなく、また被告人の住所が確定していることを知つていたにもかかわらず、即日の調書の完結と特に任意提出書の取得に拘泥するあまり、ついに被告人が大声をあげて反抗するつど、取調室をのぞいて被告人をなだめていた部下の吉岡から取り調べを打切つたらよい旨の進言を受けるまで、執拗に被告人を前記両面にわたり追及したこと等の事実を総合勘案すると、被告人が右窃盗事件の重要な参考人であつて、未だ渡辺独自の取り調べ事項も残つていたこと、更に任意提出により自動車を確保しておくのが普通の捜査方法であつたこと、渡辺において被告人を右のように追及した熱意・気持については理解の余地があること、捜査に非協力的のみならず反抗的な参考人の取り調べであつても説得によつて捜査に協力させるよう努力を続けることは当然許容されること等の事情を充分斟酌しても、少なくとも本件自動車窃盗犯人の嫌疑が晴れて後の被告人に対する取り調べ、したがつて渡辺の取り調べは、参考人である被告人の意思を制圧し、身体的自由を拘束した実質的逮捕と同視し得る情況下においてなされたものというべきである。このことは、被告人が取り調べを受けるにあたり非協力的態度をとりつづけたことによつても何ら消長を来すものではない。ちなみに、被告人は反抗をしたけれども、被告人としては、即刻退去したり取り調べを峻拒したりすることのできない、すなわちこれらをあきらめざるを得ない情況下におかれていたものである。したがつて被告人に対する右取り調べは、任意捜査である参考人取り調べの限界を逸脱した違法なものであつて、その程度も何人も不法に逮捕されないという基本的人権を侵害する重大なものである。

すると、本件参考人調書は、右違法な取り調べの過程において作成中のものであり、まさに公務員たる司法警察員渡辺善隆が公務所の作用としてその職務権限に基づき、被告人を前叙窃盗被疑事件の参考人として任意に取り調べるという職務行為にあたり、この職務を違法に執行しながら作成中の未完成文書であり、換言すれば、これを完成させるために現に違法に使用中とされる文書であるから、このような取り調べが続行している限り、かかる未完成文書は、この取り調べに包含される作成行為すなわち使用行為とともに、刑法上の保護に値するものではないと解するべきである。

しかして、右調書は、公務所において現に使用している文書といえず、刑法二五八条の保護の対象としての「公務所ノ用ニ供スル文書」に該当しないと解すべきである。

してみると、被告人の本件調書の前叙引き裂き行為を、公文書毀棄罪をもつて問擬した原判決は事実の認定を誤り、ひいて法令の適用を誤つたものであり、この誤りが判決に影響を及ぼすことは明らかである。」

と判示した。

三 原判決の問題点と上告申立の趣旨

以上のとおり、原判決は、本件参考人調書は、任意捜査である参考人取り調べの限界を逸脱した違法な取り調べの過程において作成中のものであるから、作成行為すなわち使用行為とともに、刑法上の保護に値せず、公務所において現に使用している文書といえず、刑法二五八条の保護の対象としての「公務所ノ用ニ供スル文書」に該当しないと解すべきであると判示した。

しかしながら、右判断は、任意捜査の限界につき判示した後記の最高裁判所(以下「最高裁」という)の判例に反する判断を示したものであり、また同条にいう「公務所ノ用ニ供スル文書」の意義につき判示した後記の大審院及び最高裁の各判例に反する判断を示したものであつて、その誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかであるので、刑事訴訟法四〇五条二・三号、四一〇条一項によつて原判決は破棄を免れないものと思科する。

以下その理由を述べる。

第二 上告理由

第一点 任意捜査の限界に関する判例違反

1 最高裁判例の趣旨

原判決は前記第一・二・2(二)記載のように、被告人が現行犯で逮捕される前の任意捜査が違法である理由をるる判示しているが、要するに、自動車窃盗犯人の嫌疑が晴れた後の被告人に対する渡辺警部補の取調べは、参考人である被告人の意思を制圧し、身体的自由を拘束した実質的逮捕と同視し得る情況下においてなされたもので、被告人としては、即刻退去したり取調べを峻拒したりすることのできない、すなわちこれらをあきらめざるを得ない情況下におかれていたものであるから、任意捜査である参考人取調べの限界を逸脱した違法なものであつて、その程度も何人も不法に逮捕されないという基本的人権を侵害する重大なものであるというのである。

ところで、刑訴法一九七条一項は、「捜査については、その目的を達するため必要な取調をすることができる。但し、強制の処分は、この法律に特別の定のある場合でなければ、これをすることができない。」と規定しているが、この本文による捜査が但書による強制捜査に対して任意捜査と称せられているものである。この任意捜査において有形力の行使がどの程度許容されるか、つまり、任意捜査の限界に関しては、昭和五一年三月一六日最高裁第三小法廷決定(刑集三〇巻二号一八七頁)において、最高裁として初めて明らかにされたところであるが、同決定はこの点について、「捜査において強制手段を用いることは、法律の根拠規定がある場合に限り許容されるものである。しかしながら、ここにいう強制手段とは、有形力の行使を伴う手段を意味するものではなく、個人の意思を制圧し、身体、住居、財産等に制約を加えて強制的に捜査目的を実現する行為など、特別の根拠規定がなければ許容することが相当でない手段を意味するものであつて、右の程度に至らない有形力の行使は、任意捜査においても許容される場合があるといわなければならない。ただ、強制手段にあたらない有形力の行使であつても、何らかの法益を侵害し又は侵害するおそれがあるのであるから、状況のいかんを問わず常に許容されるものと解するのは相当でなく、必要性、緊急性なども考慮したうえ、具体的状況のもとで相当と認められる限度において許容されるものと解すべきである。」と判示しているのである。原判決の判断が右任意捜査の限界に関する最高裁の判例に違反することを以下に明らかにする。

2 本件任意捜査の適法性

原判決は、前記第一・二・2・(二)記載のような、被告人を任意同行した経緯、状況及び警察署における被告人を取調べた際の状況、特に渡辺警部補による参考人としての取調べの状況に関する諸事実を総合勘案すると、少なくとも本件自動車窃盗犯人の嫌疑が晴れて後の被告人に対する渡辺の取調べは、参考人である被告人の意思を制圧し、身体的自由を拘束した実質的逮捕と同視し得る状況下においてなされたものというべきであると判示している。

しかしながら、原判決は、被告人に対する取調べを違法と判断するについて、その前提となる前記諸事実に関する評価を誤つているので、先ずその点を指摘することとする。

(一) 任意同行に至る経緯と任意同行の状況

原判決は、被告人に対する任意同行の求め方が不親切、強引、執拗で、その方法も妥当性を欠くかのように判示している。

しかしながら、そもそも本件は前記第一・二・1・(一)(二)(三)記載のように、被告人の異常な言動(〈丁数、以下略〉)に不審を抱いた外勤警察官がモーテルの車庫にあつた被告人の車の番号を控えて帰り、賍品照会をしたところ、三月一八日付けで秋田貴美子こと玉貴順より九条警察署に被害届が提出されていることが判明したので、渡辺警部補と和多巡査が外勤警察官のあとを追つて午前一一時五〇分過ぎころ現場に赴いたのである。

被告人は、先着した外勤警察官等の説得にもかかわらず室内でわめくのみで、戸を開けようとしないので、渡辺警部補が被告人の部屋の表入口に行き、戸を叩いて、車両のことについてお聞きしたいと何回も繰り返して言つたが、「馬鹿もん。帰れ。」という罵声を浴びせ全く開けようとはしなかつた。一時間近くして、やつと被告人が入口を開けたので、渡辺警部補と和多刑事が室内に入り、被告人の乗つていた車について盗難被害届が出ているので事情を説明してほしいと言つたところ、被告人は「馬鹿もん。帰れ。おのれらに関係ないわい。」と大声でどなつていたが、そのうちに被告人が「二五万円で人から買うたんやないか。なんの関係があるんや。わしの自動車やないか。」と言つたのに対し、渡辺警部補が「買つたのなら君に権利があるし来てくれ。」と言つたところ、被告人も同行を承知したのである。

しかしてこの点に関し、被告人自身も、捜査中検事に対し「理由が判つたので『そんなら行つたるわ。』と言つてパトカーに乗つた。」旨供述し納得のうえ任意同行に応じたことを認めているのである。

このように、被告人には、自動車窃盗の嫌疑が極めて濃厚であつたうえ、甚だしく異常な言動がみられたのであるから、警察官としては、自己の職責を果たすために、任意同行を求めてこの程度の説得活動を続けることはむしろ当然のことというべきである。しかして、被告人を任意同行するに際しても、被告人の異常な興奮状態からして、そのまま被告人に同人の車を運転させることは、交通事故等不測の事態を惹き起こすおそれが多分にあつたことから、これを未然に防止するため被告人をパトカーに乗車させて同行したのであり、また、警察官二人を被告人の両側に位置して同乗させたのも、被告人の凶暴性と覚せい剤の幻覚症状から危険な行為に及ぶことが十分予測され、若し車内で発作的に危険な行為に出れば、車の安全運行上の支障はもちろん、被告人の自傷行為等重大な危害をもたらすおそれがあつたからであり、この程度の監視も危険防止上当然許される行為と解すべきである。

(二) 取調べ時の同席警察官の必要性

原判決は、被告人の取調べについては終始監視付であつたと判示するが、これはまさに捜査の実際を誤解するものであつて、吉岡巡査部長や渡辺警部補の取調べの際に、和多巡査を同席配置したのは、取調べの公正、供述の任意性及び信用性確保のため取調べには常に立会人を置くという捜査の常識に従つたまでであり、特に、前記のように覚せい剤の幻覚症状と思われる異常な言動のみられる被告人に対しては、危害予防あるいは被告人保護の必要上からも警察官の同席ないし警察署内における被告人の行動につき監視が要請されのであつて、むしろ当然の措置であつたというべきである。

(三) 渡辺警部補による参考人としての取調べ状況

原判決は、少なくとも午後五時以降は被告人が退去を希望しているのに、渡辺警部補はこれらの訴えを真面目に顧慮することなく、執拗に被告人を追求したと判示し、その当時の状況について前記第一・二・1(五)(六)(七)(八)のような事実を認定している。

しかしながら、被告人は吉岡計三巡査部長の下調べの際も、机の上に寝る格好をしたり、わめいたりしててこずらせていたばかりでなく、特に渡辺警部補の取調べに際しては、何回も同じことを聞くと言つて、黙否、暴言、狸寝入りをくり返すなど、終始ふてくされた態度をとつていたもので、原判決指摘のように、渡辺警部補が車の代金の支払場所にこだわつたり、被告人の供述内容を録取しなかつたような事実もなく、また、任意提出書を書けば帰すと言つた事実もないのである。まして、被告人を取調べている間に、警察官が四、五人掛りで被告人を取り押えたり、被告人の眼鏡や帽子を投げ飛ばしたりした事実もなく、かえつて被告人は、興奮して自分でサングラスや帽子を床に投げつけたものである。更にまた、被告人が「帰るぞ。」と言つて帰宅の意思をほのめかしたのは、最後の時点の一回だけであり、渡辺警部補はこの段階で吉岡巡査部長の助言を容れて、取調べを中止することとし、それまでの録取事項を読み聞かせたのであるが、その途中、被告人が調書が見えんというので、同警部補は、わざわざ被告人に見える状態にして読み聞けを続けているうち、いきなり被告人が供述調書を奪いとつて破つたのである。

したがつて、この間、渡辺その他の太秦警察署員がことさらに被告人の退去を阻止したようなことはなく、被告人に対して実力行使をしたのは、本件公文書毀棄の現行犯逮捕の際に、調室において渡辺警部補、吉岡巡査部長、和多巡査が逃げ出そうとする被告人を取り押え逮捕した時点だけである。

以上により原判決が被告人に対する本件取調べを違法と判断するにつき、その前提とした諸事実につき重大な評価の誤りをしていることが明白であるが、それはさておき、本件取調べの経過が原判決認定のとおりとしても、これをもつて直ちに本件取調べが任意捜査の限界を逸脱した違法なものとすることはできない。すなわち、原判決は任意同行の求め方が、不親切、強引、執拗であつたこと、パトカーに乗せ警察官が被告人の両側に座つて警察まで同行したこと、警察署においては常に被告人を監視していたこと及び特に午後五時以降において被告人が当日の取調べの続行と調書完結の拒否、同署からの退去希望及び翌日の取調べに応ずることを言動で明確にしているのに、渡辺警部補が当日の調書の完結と特に任意提出書の取得に拘泥するあまり、執拗に被告人を追及したこと等の諸事実を摘示し、これら諸事実を総合勘案すると渡辺警部補の取調べは任意捜査である参考人取調べの限界を逸脱した違法なものというべきである旨判示している。しかし、原判決の認定においても、警察官が強制手段を用いて被告人の身体を直接的に拘束したり、また、被告人に有形力を行使した事実は認定されておらず、せいぜい午後五時ころ以降において被告人が取調べの続行と調書完結の拒否、警察署からの退去を希望しているのに、渡辺警部補はこれらの訴えを真面目に顧慮することなく、執拗に被告人を追及し、被告人をして同署内に滞留するのを余儀なくさせたとの事実を認定しているにとどまるのである。

前掲昭和五一年三月一六日最高裁第三小廷決定は「捜査において強制手段を用いることは、法律の根拠規定がある場合に限り許容されるものである。……右の程度に至らない有形力の行使は、任意捜査においても許容される場合があるといわなければならない。ただ、強制手段に至らない有形力の行使であつても、何らかの法益を侵害し、又は侵害するおそれがあるのであるから、状況のいかんを問わず常に許容されるものと解するのは相当でなく、必要性、緊急性なども考慮したうえ具体的な状況のもとで相当と認められる限度において許容されるものと解すべきである」と判示しているところ、本件被告人に対する取調べにおいては、強制手段はもちろん、有形力の行使もなされていないのであるから、まずもつて、本件取調べは、右最高裁の判例が許容する任意捜査の範囲内にあるものといわなければならない。仮に、渡辺警部補の取調べが有形力の行使と同視し得るものであつたとしても、同警部補の取調べについては、下記のとおりの必要性、緊急性等が認められるのである。すなわち、

(一) 被告人は、昭和五一年一二月一四日京都地方裁判所において、殺人未遂、兇器準備集合、銃砲刀剣類所持等取締法違反、火薬類取締法違反により懲役二年六月、三年間刑執行猶予の言渡しを受け(同月二九日確定)、本件当時執行猶予中であつたほか、暴力団三代目会津小鉄会系二代目篠原会内河崎組の若中をしていた暴力団関係者であつて(その後、昭和五四年三月一四日銃砲刀剣類所持等取締法違反で起訴され、目下京都地方裁判所において公判継続中のものである)、性格的にも凶悪な粗暴癖を有する者であるが、加えて本件犯行当日は明らかに覚せい剤中毒と認められるような異常な興奮状態であつたものである。

また、被告人には一応家庭はあるとはいえ、覚せい剤常習者と目される○○○○子とモーテルを泊り歩いていることなどからすると、次回の出頭を約束させても、到底これに応ずるとは期待できないところである。

なお、被告人は一審第四回公判において、裁判官から「被告人は警察の調べのときも今のような調子だつたのか。」と尋ねられ「頭に来ると声は大きくなります。」と答え、更に裁判官から「訳の判らんようなことを言つているが大きな声でそのような調子だつたのではないか。」と尋ねられており、この問答からしても被告人が法廷においてすら異常を感じさせる言動があつたことが明認されるのである。

(二) 本件自動車の盗難事件については、既に被害届も提出され、被害者は車の返還を要求しており、このまま被告人に占有を継続させることは賍物の追及を困難にするおそれがあり、まして自動車を警察署に放置したまま被告人に帰宅されても、保管の責任が明確でなく、警察としてはなはだ車の処置に窮することになる状況にあつた。

(三) 本件当日の捜査においては、被害自動車を窃取したと推認される被害者の弟の玉某及び車の中間売却人である板東某の所在もつかめず、被告人について賍物犯の疑いも解消したものではなく、いわば被告人は、本件自動車に関する犯罪の重要な参考人であつた。

ことの諸事実が認められ、これらの諸事実と被告人が当初から警察の取調べに対し非協力であるにとどまらず、反抗的かつ傍若無人の振舞をしていたこととを総合すると渡辺警部補が供述調書を作成し、また任意提出書の提出を求めるため多少粘り強い説得行為を続けたことについては、その必要性、緊急性が十分に認められ、上記のような本件の具体的状況のもとにおいては、社会通念上相当と認められる限度をこえたものということはできない。

したがつて原判決が、本件任意捜査を違法としたのは、前記の最高裁判所の判例に反する判断をしたことが明らかであつて、しかもその判断の誤りが本件について公用文書毀棄罪の成立を否定する理由となつているのであるから、原判決はすでにこの点において到底破棄を免れない。

第二点 「公務所ノ用ニ供スル文書」に関する判例違反

原判決判示のように仮に本件任意捜査が違法であるとしても、原判決は、左記諸点において、大審院及び最高裁判例に違反しているので、この点において破棄を免れない。

すなわち、原判決は、前記等一・二・2(二)記載のように本件取調べが違法であるから、本件供述調書は作成行為すなわち使用行為とともに刑法上の保護に値するものでなく、刑法二五八条の「公務所ノ用ニ供スル文書」に該当しないと解すべきであるというのであるが、その意味、内容は極めて不明瞭であつて、作成過程における手続行為に違法があればその結果である供述調書も違法なものとして刑法上の保護の対象にならないとする趣旨であるのか、又は、刑法二五八条が公用文書に関する公務の執行を保護する規定であり、公務の執行が違法であるから刑法上の保護に値しないとする趣旨であるのかそのいずれとも断定しがたいところである。

しかしながら、原判決の判示趣旨が、本件供述調書は公務員たる司法警察員渡辺善隆が公務所の作用としての職務を違法に執行しながら作成中の未完成文書であるから、刑法上の保護に値しないというが、これが本件供述調書の作成過程に瑕疵があるため刑法二五八条の公用文書としての保護価値がないというのであれば、たとえ作成過程に瑕疵があつても、公用文書であることになんらの支障もないとする従来の大審院判例に反し、また公用文書性を否定した理由が、刑法二五八条が文書に関する公務の執行を保護する規定であると解したことに基因するのであれば、同条の保護客体が「文書」自体であることを没却した点において最高裁の判例に違反するというべきである。

まず文書の作成行為に関し無効の書類、偽造の文書であつても公務所の用に供する文書に該当するという大審院の判例をあげれば次のとおりである。すなわち、

(一) 明治四二年一二月二七日大審院判決(大審院刑事判決録一五輯二〇四七頁)は、税務署属が間接国税犯則者処分法に基づき捜索の顛末及び犯則者との問答を録取した犯則事件調査顛末書を作成して犯則者に示したうえ、同人無筆につきその氏名を代書してこれに拇印させ、更にこれを立会人たる被告人に交付し署名捺印を求めたところ、該顛末書を引裂いたという事案につき、「因テ按スルニ収税官吏ノ作成スル文書ニ付テハ間接国税犯則者処分法第十条ニ其作成ニ関スル方式ヲ定メ作成者ニ於テ署名捺印スヘキ旨ヲ規定シアルモ其規定ニ違背シタルトキハ書類ヲ無効ト為ス旨ノ制裁ヲ付セサルカ故ニ本件ノ如ク既ニ尋問顛末ノ記載ヲ完了シ関係人ニ示シテ署名捺印ヲ求メツツアリテ収税官吏カ真正ニ作成シタル文書タルコトノ疑ナキモノハ収税官吏カ署名捺印以前ノ顛末書ナルノ故ヲ以テ之ヲ無効ナリト論スルコトヲ得サルノミナラス仮ニ之ヲ無効ノ書類ナリトスルモ只犯罪ノ証拠トシテ効力ナキニ止マルヲ以テ公吏カ其職権内ニ於テ作成シタル文書ナル以上ハ良シ其方式ニ欠缺アルモ公務所ノ用ニ供スル文書ニアラスト言フヲ得ス」と判示している。

(二) 大正九年一二月一七日大審院判決(大審院刑事判決録二六輯九二一頁)は、被告人が村役場において自己がほしいままに正当税額を超過した税額を記載した納税者宛村長名義の徴税伝令書五二通を破棄したという事案につき、「按スルニ偽造文書ハ法律上其存在ヲ認容セサルヲ以テ所有権ノ目的タルコトヲ得スト難モ公務所ニ於テ使用ノ目的ヲ以テ之ヲ保存スル場合ニ於テ不法ニ其文書ヲ毀損シ使用ノ目的ヲ害スルニ於テハ其行為ハ当然公務所ノ用ニ供スル文書ヲ毀棄シタル罪ニ該当シ其文書カ偽造ナルノ理由ヲ以テ該罪ノ成立ヲ阻却スヘキニ非ス所掲原判決ニ拠レハ被告人カ毀棄シタル徴税伝令書ハ其偽造ニ係ルモ之ヲ行使シテ納税義務者ヨリ徴税シタルモノナレハ村役場ノ徴税伝令書綴中ニ保存シ後日ノ使用ニ供スヘキ文書ニシテ刑法ニ所謂公務所ノ用ニ供スル文書ナルコト論ヲ竢タス然ラハ原判決ニ於テ被告人カ不法ニ右文書ヲ毀棄シタル行為ヲ刑法第二百五十八条ニ問擬処断シタルハ相当ニシテ本論旨ハ理由ナシ」と判示している。

(三) 昭和一一年三月二七日大審院判決(大審院刑事判例集一五巻三四二頁)は、被告人が被告訴人とともに警察署において取調べを受けている際、被告訴人が係官に対し反つて被告人に文書偽造の行為があるから取調べられたいと申述べ証拠として偽造答弁書一通を提出し取調を求めたので、警察官が判読取調中、被告人が同答弁書を手に取つて引き裂いたという事案につき、「按スルニ刑法第二百五十八条ニ所謂公務所ノ用ニ供スル文書トハ其ノ文書ノ真偽ノ如何ヲ問ハス又其所有者ノ何人ナルヤヲ問ハス苟モ公務所カ現ニ其使用ニ供スル為保管スル文書ヲ汎称スルモノナリ……右偽造答弁書ハ既ニ右警察署カ其使用ニ供スル為保管スルニ至リタル文書ナルコト明カナルニヨリ該答弁書ハ所謂公務所ノ用ニ供スル文書ナルハ勿論ナリ然レハ被告人カ右判示ノ如ク之ヲ引裂キ其使用ノ目的ヲ害シタル以上該行為ハ右公務所ノ用ニ供スル文書ヲ毀棄シタル罪ニ該当スルハ言ヲ竢タス」と判示している。

右のような従来から一貫した大審院判例の法解釈に対し、原判決は警察官における任意捜査の限界逸脱という違法性をことさらに重大視して評価する余り、大審院判例に真向から相反する判断をしたことが明らかであつて、しかも、その判断の誤りが、本件について公用文書毀棄罪の成立を否定する理由となつているのであるから、原判決は、この点において、到底破棄を免れないところである。

なお、原判決は、作成行為が違法であるから本件供述調書は公務所において現に使用している文書といえないというのであるが、そもそも本件調書は原判決も判示しているとおり、既に本件犯行の四、五〇分前である午後五時ころまでには本文のほとんどが記載されてしまつていたものであつて、その後取調べ不能状態に陥つたため、渡辺警部補において、やむを得ず調書作成を打ち切り、読み聞けを始めたところ、被告人が本件犯行に及んだものである。

このように、本件供述調書は、司法警察員が公務所の作用としてその職務権限に基づき被告人の供述内容を記載し、既に文書としての意味、内容をそなえるに至つたものであることが明らかである以上、供述調書として未完成のままであつても、公用文書に該当する(昭和五二年七月一四日最高裁判所第一小法廷判決・最高裁判所刑事判例集三一巻四号七一三頁)のであるからこの点においても原判決の誤りは明らかである。

次に、原判決の判示趣旨が、刑法二五八条を文書に関する公務の執行に対する保護規定であると解したことによるものであれば、左記最高裁の判例に違反する。すなわち、昭和三八年一二月二四日第三小法廷判決(刑集一七巻一二号二四八五頁)、昭和五二年七月一四日第一小法廷判決(刑集三一巻四号七一三頁)は刑法二五八条にいう「公務所ノ用ニ供スル文書」とは、公務所において現に使用し又は使用に供する目的で保管している文書を総称するものである旨判示しているところであつて、同条による保護の客体が文書自体にあることが明白であり、原判決の判断は右最高裁判例に相反しており、右判例違反が判決に影響を及ぼすことも明らかであるから、原判決はこの点においても破棄を免れない。

第三 結論

以上詳述したとおり、原判決が本件の被告人に対する取調べが任意捜査である参考人取調べの限界を逸脱した違法なものであるとしたのは、最高裁判所の判例と相反する判断をしたものであり、また、本件参考人調書は、右取調べが違法であるから刑法二五八条にいう「公務所ノ用ニ供スル文書」に該当しないとしたのは、大審院及び最高裁の判例と相反する判断をし、右誤りが判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決は到底破棄を免れないものと信ずる次第である。

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